5月1日、藤元明緒監督の長編第3作目「」を見てきました。

これまでラカインに何度も足を運んでおり、実際に2012年以降にSittweの町中からムスリムがいなくなったのを目の当たりにしている我が家にとって、気になる映画であります。

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日本では4月24日から日本の各地で上映が開始されたようですが、これまでにベネチア国際映画祭オリゾンティ部門にて日本人監督初の審査員特別賞をはじめ、大小さまざまな映画祭で受賞しているとのこと。

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なんだかスゲー!!!

ロヒンギャというテーマが評価されたのか、とてもヒリヒリする藤元監督のドキュメンタリータッチの手法が評価されたのか、それともその両方なのか判らないけど、とにかく世界的に評価されているようです。

 

実際に映画を見てみると藤元監督の映画らしい、物語の背景(説明)をできるだけ省いたドキュメンタリータッチの逃避行。逃避行であるから暗がりでの撮影も多く、否が応でも見る人の想像力を掻き立てられます。

個人的にはもう少し背景の説明があった方がロヒンギャ問題をあまり知らない人に理解されるのでは、と思いました。

 

それよりも一番気になったのは藤元監督の立ち位置。

藤元監督のご家族もそうだし、「」も含めてミャンマー人(主にビルマ族の人たち)と濃密な関係性を築いていることは容易に想像できるけれど、ロヒンギャを題材として取り上げることにより、藤元監督がこれまで仲良くお付き合いしていたミャンマー人たちとの関係性が崩れてしまうのではないか、そういった葛藤とか覚悟とかが一番に気になったわけで。

というのもミャンマーで暮らす多くの人たちは、「ロヒンギャは自国民でない。ああいった仕打ちを受けても仕方ない。我関せず」の人が多く、ロヒンギャに肩を持つようなら「お前らとは考えが違う」と距離を置かれてしまう雰囲気があるので、ミャンマー人に友人を持つ日本人はモヤモヤしていることは確か。

なのでぶっちゃけ2021年にクーデターが起こった時、ミャンマー人たちは国際社会を味方につけるため「今まで同じように人権蹂躙を受けていたロヒンギャの人たちをないがしろにしていて悪かった。反省している」「これからはビルマ族や少数民族、ロヒンギャ関係なく、ミャンマー民主化のために手を取りあおう」「迫害を受けている我々に支援を」といった流れになることを期待したしたものの、結局多くの人たちが(多少、ロヒンギャへの反省を述べた少数もいたけど)「私たちを助けて」しか言わず、やっぱりダメなのか、、、と肩を落とさざるを得ないわけで。

そんなロヒンギャへの迫害について反省もせず、ただ「自分たちが迫害を受けているから支援して」はちょっと勝手が良すぎない?これでいいのか?という感情から支援活動から一歩引いてしまっている自分がいます。

いずれにせよ、声を上げると関係性が壊れることを恐れるあまり声を上げることができない我が家と異なり、藤元監督は声を上げることを決めたわけで。

そういった藤元監督の内面に踏み込んでいいのか悪いのか躊躇したものの、映画の上映後、思い切って質問してみました。

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藤元監督は、言葉を選びながら今までお付き合いしていたミャンマー人との関係性よりも、ロヒンギャをテーマにすることを優先した旨を説明してくれました。

これは自分の今の生活環境を守ることよりも、映画監督として撮りたいものを撮るという藤元さんの映画監督としての覚悟を聞いた気がしました。

 

上映後にサイン会があったので、パンフにサインをもらいに。

ヨメが初日に同じくパンフにサインもらっていたので、2冊目ですって話したら、「いつもありがとうございます。いつもは我が家二人と3人で写真撮ってくれてますよね」って覚えてくれていました。

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藤元監督によると、初日の新宿に在日ミャンマー人が来て、「私はロヒンギャのことを あまり知らないで生きてきた。でもこの映画を見て、この主人公の二人が今も生きていることに心を打たれた」といった旨のエピソードが印象に残っている、って言ってました。

 

家に帰って「藤元明緒監督」「ロストランド」で検索してみると、いくつか映画関係のインタビュー記事がありました。

そこには自分が聞いたことと同じ内容の藤元監督の葛藤や覚悟が書かれていました。

藤元:ミャンマーでロヒンギャの話をしている人に会ったことがありません。2017年にミャンマーの西側でロヒンギャの大虐殺があったのですが、現地でその話題は一切出ませんでした。大変な状況が起きているのに、「ミャンマーは民主化に進み盛り上がっている」という明るい雰囲気になっていて、すごく異様な空気を感じました。「ロヒンギャについてどう思う?」とは絶対に切り出せない空気でした。

藤元:ロヒンギャの方々に会うことはなかったので、最初はニュースで聞く程度の知識しかありませんでした。映画化したいと本格的に思うようになったのは、クーデター以降ですね。その頃ミャンマーの支援活動を始めたのですが、「ミャンマーの状況に対して声を上げているのに、ロヒンギャに対しては声を上げていない」という自分のダブルスタンダードな態度にすごく罪悪感がありました。このままでは自分の言葉や作品に説得力がなくなってしまう。

https://cinemore.jp/jp/news-feature/4520/article_p1.html

 

次の映画ではこのテーマを避けては通れないと思い、支援活動と並行して脚本を書き始めた。だがその段階でも、まだ自己欺瞞(ぎまん)があったと打ち明ける。

「『ロストランド』の企画が動き始めたのは2023年でした。実はその前年に1年かけて違う脚本を進めていたんです。ロヒンギャをイメージしつつも、架空の世界、架空の人物設定で物語を書きました。ロヒンギャの名前は一切出していなかった。ここでも自分がうそをついていることに気付いたんです。ロヒンギャの人たちに会いもせず、脳内だけで“実”のない脚本を書いてしまった。逃げてるなと思いました」

考えを改め、ロヒンギャの現実に正面から向き合って撮ると決めてからは、ミャンマーの友人たちとの交流を一切断ったという。

https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c030327/

ミャンマーと関わりのある人なら誰もが持つ葛藤だけど、そのまま支援を続けるか、一歩引いてしまうか、それとも正面から向き合うか。

藤元監督は自分に正直な人なんだな、と感じました。

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