>国境付近でカンボジア軍と銃撃戦 双方で5人負傷

10月3日21時11分配信 毎日新聞

【バンコク藤田悟】・タイ国境にあるヒンズー寺院遺跡「」付近で3日、両軍が銃撃戦になり、タイ軍によると双方で計5人が負傷した。

カンボジア軍によると、タイ軍兵士が緩衝地帯に侵入したため、カンボジア軍が警告。タイ軍兵士が撤退しながら発砲したため、カンボジア軍も応戦したという。タイ軍はカンボジア側が最初に発砲したと主張している。

同遺跡付近では両国の国境線が未画定で領有権争いが続いている。今年7月にタイ軍兵士が国境を侵犯したとカンボジアが非難し、両軍が千数百人の兵士を動員してにらみ合う事態となったが、その後の協議で両軍は駐留兵士を数十人規模に縮小していた。

同遺跡は7月に世界遺産登録が決まった。

とうとう、発砲事件にまでなってしまったか。当分、プレアビヒア()に行けないんだろうな・・・・。

Khao Phra Wihan
(Thailand,  2007)

タイ・カンボジアが国境で交戦、世界遺産登録申請巡り摩擦

10月4日3時3分配信 読売新聞

=鶴原徹也】タイ・カンボジア国境地帯にあり、両国の領有権紛争が再燃している世界遺産、ヒンズー教寺院「プレアビヒア」遺跡周辺で3日午後3時45分(日本時間同5時45分)ごろ、両国軍が交戦し、タイ軍によると双方の兵士5人が負傷した。

タイ軍によると、同寺院周辺のタイ領にカンボジア兵8人が侵入、タイ兵士10人に対し、カンボジア側からの発砲があった。銃撃戦は約20分間続き、タイ兵士2人が重傷、カンボジア兵士3人が負傷した。

一方、カンボジア当局の説明では、数十人のタイ部隊がカンボジア領を侵犯したために約10分間の交戦となり、少なくともカンボジア兵士1人が負傷した。

タイのアヌポン陸軍司令官は国境部隊に事実調査と交渉による解決を命じた。

領有権紛争の再燃は今年6月、カンボジアが同遺跡を国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産登録申請を単独で行ったことがきっかけ。タイ政府は当初、この動きを支持していたが、国内の不満の高まりを受けて、国境未画定の同遺跡周辺地帯に兵力を動員し、両国軍計1500人以上の兵士が国境でにらみ合いを続けたが、以後は両国部隊の規模は縮小された。

3日の交戦は突発的で小規模であり、事態がエスカレートするとは見られていない。ただ、東南アジア諸国連合(ASEAN)の目指す2015年の共同体構築への動きには水を差すものとなった。

う~ん、どっちが正しいのか?
どっちも自分の国境ラインを定めているかもしれないから、どっちも正しいのか・・・?

ミャンマー反政府デモ弾圧から1年 国民の困窮さらに 厳重警戒、遠のく民主化

9月27日8時0分配信 産経新聞

【バンコク=菅沢崇】ミャンマー軍事政権が昨年9月に反政府デモを武力弾圧してから26日で1年が経過した。軍政は民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんの扱いに柔軟な姿勢を示しつつも、自らの権力維持を図る新憲法案の国民投票を実施するなど、体制固めを着々と進めている。一方、国民に対する警戒はいっそう厳重になり、表立った反政府活動は姿を消した。深刻化する貧困などの社会対策も置き去りにされ、国民の困窮が進んでいる。

最大都市ヤンゴンでは26日、スー・チーさんの自宅前に鉄条網のバリケードが増設され、多数の警察官が配置された。今月に入り、インターネットでは再びデモが発生するとの情報が飛び交い、軍政側は10日、1988年の民主化運動を闘った女性民主活動家のひとり、ニー・ラー・テイン氏を拘束するなど、抑え込みを強化した。昨年のデモが僧侶主導のもとに実施されたため、各僧院などには私服警察官も配置された。

26日付国営紙「ミャンマーの新しい灯」は、25日に市内のバス停で7人が負傷した爆弾事件を大々的に取り上げ、「社会を脅かすテロ」と非難した。同時にスー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)が国民投票を批判した声明に触れ、「国民扇動罪」にあたるとして非難の取り消しを要求した。タイに拠点を置く反政府の英字誌「イラワジ」によれば、25日の爆弾事件後、ヤンゴンには約7000人の警官が動員されたという。

軍政は昨年のデモ弾圧後、国際社会の批判に配慮して、国家平和発展評議会(SPDC)のタン・シュエ議長が国連のガンバリ事務総長特別顧問と会談し、スー・チーさんの連絡担当相の新設を発表したほか、スー・チーさんが欧米による対ミャンマー経済制裁への支持を取り下げ、敵対的な姿勢を放棄すれば、議長がスー・チーさんと直接対話に応じる用意があると表明した。その一方で、5月にミャンマーを襲ったサイクロンで未曾有の被害が出るなか、憲法案の国民投票を強行し、将来の軍政の固定化に向けた布石を敷いた。民主化を求める国民の声は無視され、絶望感は深まるばかりだ。

国民生活も深刻になっている。2006年以来、コメや食用油などの食料価格は高騰が続き、下がる気配がない。国連は昨年10月、ミャンマーの国民1人当たりの国内総生産(GDP)はカンボジアやバングラデシュの半分にすぎず、半数以上の子供が小学校を卒業できないなど危機的状態にあると報告している。

■ミャンマーをめぐる最近1年間の動き

【2007年】

8月  燃料費値上げをきっかけに、市民や僧侶が全国で反政府デモを開始

9月  デモが10万人規模に。軍政が武力弾圧し日本人映像ジャーナリストも死亡

国連のガンバリ事務総長特別顧問がアウン・サン・スー・チーさんと面会

10月 国連安保理が武力弾圧に「強い遺憾」を表明する議長声明

11月 国連総会第3委員会がミャンマー人権非難決議案を採択

【2008年】

2月 軍政が新憲法案の国民投票を5月に、総選挙を10年に行うと発表

5月 大型サイクロンが直撃

新憲法案の国民投票を実施

潘基文国連事務総長がミャンマー訪問

軍政がスー・チーさんの自宅軟禁延長

8月 ガンバリ特別顧問との面会をスー・チーさんが拒否

ミャンマーの国民1人当たりの国内総生産(GDP)はカンボジアやバングラデシュの半分!
そんなに状況が悪化しているのか・・・。

悲しいな。

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