ネ・ウィン時代の1974年から1977年まで国防大臣を務め、その後、NLDの創設者として長年にわたって民主化活動に携わってきたTin Oo(ティン・ウ)氏が今朝、永眠されたと知りました。
ティン・ウ氏は、アウンサンスーチー氏と同様、1990年~2010年ごろに断続的に自宅軟禁されるほど影響力のあった民主活動家で、我が家が初めて氏にお会いしたのは、NLDが政権を取る直前、2015年12月のNLD事務所でした。
当時のティン・ウ氏はとてもお元気で、我が家はミャンマーのことが好きで毎年ミャンマーに来ていること、Yaung Chi Thit Charity Clinic(NLDが支援している病院)に行って寄付してきたことを説明すると、とても喜んでくださり、第二次大戦中は日本と一緒に戦ったこと、日本の軍歌や軍人勅語を披露してくれました。
翌年にお会いした際は、ちょうどNLDが政権を取って初めての独立記念日の前々日(2017年1月2日)で、政策秘書と一緒に独立記念日の演説の原稿をチェック中でした。
しかし2017年5月に脳卒中で倒れてしまい、その後は党の活動を事実上引退したような形になったのでしょうか。
我が家はその後、お見舞いと新年のご挨拶に2度ほど自宅を訪れました。
ティン・ウ氏は聞くことはできてもほとんど話すことはできなくなっていましたが、我が家が持って行った鶴の折り紙を喜んでくださったり、自分が以前に撮ったティン・ウ氏の写真(タブレット)を見せると、懐かしそうな、うれしそうな顔をしていました。
どうぞ安らかにお眠りください。
次回、ヤンゴンを訪れることがあったら、お参りに行きたいと思います。